昭和クラブ

音楽制作やバンドの活動などの情報発信。

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ポップ・スヒットセクションに移って。色々な作家の先生にお世話になりましたが、特に筒美先生には初期(レコード会社にお勤めの頃)時代からお世話になりました。更に出身学校が同じでもあり学生の頃から音楽サークル(AMS)で接点がありました。先生はジャズバンドのピアニストでした。
仕事での最初のお付き合いはピアノ演奏で童謡をお願いしたアルバム「幼い日」でした。その後チェンバロ演奏のヒット曲集などのアルバムを5~6枚お願いしました。唯一のCD化が「筒美京平ソロ・ワークス・コレクション-キング編~ポップ・スタイル」です。
作曲の方では芹洋子「初恋の風車」から、丸山圭子、BUZZ,麻倉未稀、鮎川麻弥「風のノーリプライ」まで沢山お願いしました。
とてもジェントルマンで繊細で正に天才の代表のような方です。今年で作家生活46周年になると思いますが、その業績は歴史に残ります。
このころのお話はHP昭和音楽市場昭和ヒストリー昭和作家考にあります。


THE HIT MAKER-筒美京平の世界-THE HIT MAKER-筒美京平の世界-
(2006/04/05)
オムニバス、南沙織 他

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アメリカ(ナッシュビル)のラジオ局が主催したブルーグラスの登竜門ライブショーの、東京版の位置づけでスタートしたブルーグラス・カントリーの演奏会でした。当時はこいう音楽の演奏を生で聞けるケースは殆どなく、毎月楽しみにしていました。有楽町のヴィデオホールが会場で、幕が上がる前の時報のような演奏音と共にバンド演奏が始まるとワクワクしたものでした。寺本圭一、ジミー時田、井上高、対仲兄弟など日本を代表するウエスタンのスターが入れ替わりに演奏をしました。(昭和カントリー・ブルーグラス)後にはハンク・スノウなど本場のスターも出演しました。ちなみに大学に入ってから私たちが結成したバンド「ブルーマウンテン・ボーイズ」も、インターカレッジ・ヘイライドのパートで出演しました。


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